行政書士 過去問
令和7年度
問49 (基礎知識 問3)

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問題

行政書士試験 令和7年度 問49(基礎知識 問3) (訂正依頼・報告はこちら)

日本の米価に関する次の記述のうち、妥当なものはどれか。

(注)*主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律
  • 「米公方」と呼ばれた江戸幕府将軍・徳川綱吉は、米価を安定させて、犬などの生類の保護をしようとして、大阪の堂島米市場を公認するなどした。
  • 大正期に米価が急落すると、全国各地で米商人などによる政府機関へのテロ・襲撃が起きて大騒擾となり、「米騒動」と呼ばれた。
  • 1970年代の日本の食糧管理制度では、政府は、米などの価格を規制する一方、米の過剰生産を抑えるために減反(生産調整)を行った。
  • 1995年のいわゆる新食糧法*の施行によって、米価に関しては原則的に公定価格(生産者米価と消費者米価)によることとされた。
  • 米価の急騰を受けて、2025年から、米国政府国際開発庁(USAID;U.S.Agency for International Development)は、対日支援として備蓄米の放出を開始した。

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この過去問の解説 (2件)

01

本問は、日本の米価政策の歴史的変遷を江戸時代から現代まで横断的に問う、一般知識分野の問題です。食糧管理制度から新食糧法への制度転換という「統制から自由化へ」の流れを軸に、歴史的事実の正確性・制度趣旨の理解・時事的知識が複合的に問われています。

選択肢1. 「米公方」と呼ばれた江戸幕府将軍・徳川綱吉は、米価を安定させて、犬などの生類の保護をしようとして、大阪の堂島米市場を公認するなどした。

妥当でない

「米公方(米将軍)」と呼ばれたのは第8代将軍・徳川吉宗です。吉宗は享保の改革において米価安定に腐心し、1730年に大阪の堂島米会所を公認しました。一方、徳川綱吉は第5代将軍で、「犬公方」と呼ばれ、生類憐みの令で知られる人物です。本肢は「綱吉と吉宗」「犬公方と米公方」を意図的にすり替えた典型的なひっかけです。

選択肢2. 大正期に米価が急落すると、全国各地で米商人などによる政府機関へのテロ・襲撃が起きて大騒擾となり、「米騒動」と呼ばれた。

妥当でない

米騒動(1918年・大正7年)は、米価の「急落」ではなく「急騰」が原因です。第一次世界大戦中の好景気による物価上昇やシベリア出兵を見越した商人の買い占めにより米価が暴騰し、富山県の漁村の主婦たちの抗議行動を発端として全国に波及しました。騒動の主体は「米商人」ではなく生活に困窮した一般民衆であり、米商人の店舗はむしろ襲撃される側でした。この騒動は寺内正毅内閣の総辞職と、原敬による初の本格的政党内閣成立の契機となりました。

選択肢3. 1970年代の日本の食糧管理制度では、政府は、米などの価格を規制する一方、米の過剰生産を抑えるために減反(生産調整)を行った。

妥当である

食糧管理法(1942年制定)のもとで、政府は生産者米価(買入価格)と消費者米価(売渡価格)を設定し、米の価格を直接統制していました。しかし高度経済成長期以降、食生活の変化による消費減少と生産技術の向上により「米余り」が深刻化しました。政府が米を高く買い安く売る「逆ざや」による財政負担(食管赤字)も膨らみ、1970年(昭和45年)から本格的な減反政策(生産調整)が開始されました。本肢は、価格規制と減反の併存という1970年代の農政の実態について、妥当な記述です。

選択肢4. 1995年のいわゆる新食糧法*の施行によって、米価に関しては原則的に公定価格(生産者米価と消費者米価)によることとされた。

妥当でない

1995年施行の新食糧法(主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律)は、旧食糧管理法を廃止し、米の流通・価格形成を原則として市場メカニズムに委ねる方向へ転換したものです。背景には、1993年のガット・ウルグアイ・ラウンド合意による米市場の部分開放もありました。従来の公定価格制度(生産者米価・消費者米価)は廃止されましたので、反対の記述となります。

選択肢5. 米価の急騰を受けて、2025年から、米国政府国際開発庁(USAID;U.S.Agency for International Development)は、対日支援として備蓄米の放出を開始した。

妥当でない

2024〜2025年にかけて日本国内で米価高騰が社会問題化したこと(「令和の米騒動」)は事実ですが、USAIDが対日支援として備蓄米を放出した事実はありません。USAIDは主に途上国への開発援助を行う機関であり、日本のような先進国に食糧支援を行う文脈とは根本的に異なります。なお、2025年のトランプ政権下でUSAID自体が大幅縮小・事実上の廃止に向かっていることも押さえておくべきです。日本の米価対策としての備蓄米放出は日本政府(農林水産省)の政策対応です。

まとめ

学習ポイント

食糧政策の変遷を流れで整理する。

食糧管理法・・・公定価格・政府買入・逆ざや

減反政策(生産調整)・・・米余り・過剰生産・食管赤字

ウルグアイ・ラウンド合意・・・米市場の部分開放

新食糧法・・・公定価格廃止・市場原理の導入

国による生産数量目標配分の廃止・・・減反政策の実質的終了

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02

日本の米価に関する問題です。

選択肢1. 「米公方」と呼ばれた江戸幕府将軍・徳川綱吉は、米価を安定させて、犬などの生類の保護をしようとして、大阪の堂島米市場を公認するなどした。

米公方(こめくぼう)と呼ばれたのは徳川吉宗のため、不適切な選択肢となります。

 

※徳川綱吉は、「生類憐れみの令」で有名な犬公方(いぬくぼう)と呼ばれた将軍です。本選択肢では、米の記述に犬の説明が割り込んできているため、不自然な記述であると気付きやすいと思います。

選択肢2. 大正期に米価が急落すると、全国各地で米商人などによる政府機関へのテロ・襲撃が起きて大騒擾となり、「米騒動」と呼ばれた。

令和の米騒動が起きたばかりなので正誤判断しやすいと思いますが、米価が高騰して米騒動が起きるため不適切な選択肢となります。

選択肢3. 1970年代の日本の食糧管理制度では、政府は、米などの価格を規制する一方、米の過剰生産を抑えるために減反(生産調整)を行った。

本選択肢は、記述の通りのため正解の選択肢となります。

選択肢4. 1995年のいわゆる新食糧法*の施行によって、米価に関しては原則的に公定価格(生産者米価と消費者米価)によることとされた。

1995年の新食糧法の施行によって、公定価格は廃止されたため不適切な選択肢となります。

選択肢5. 米価の急騰を受けて、2025年から、米国政府国際開発庁(USAID;U.S.Agency for International Development)は、対日支援として備蓄米の放出を開始した。

令和の米騒動が起きたばかりなので正誤判断しやすいと思いますが、備蓄米を放出したのは日本政府であり不適切な選択肢となります。

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